「からっぽの舟」 金山 敏惠さん(東 1)
7月の初め、かたるべの森美術館を訪れたのは太陽が照りつける昼下がりだった。新しい命が吹き込まれた建物だが、かつて小学校であった面影が、そこここに感じられ、私一人だったこともあり、夏休みの学校に居る小学生の気持ちにかえっていた。ゆるんだ蛇口からやさしいリズムで落ちる水音を聞いているうちに、久方ぶりに深い至福の中に自分が居た。
子どもの頃から、ハイジの暮らしに強く魅かれていて、それを満たしてくれたのは父の生家の田舎の夏の日々だった。ひと夏、そこで暮らせたときの幸福感は、その後、20年以上の時を待って今、この手の中に在る。望んでいたひと昔前の暮らしをより明確にしてくれたのは、雑誌に載っていた、※ターシャ・テューダーの暮らしだった。その手仕事の世界と大きな暖炉で燃える薪は私の中に居るハイジを大喜びさせ、龍の棲む町の東の地に運んでくれた。
15年の月日が流れ、この地に来た時に感じた、「やっと帰って来られた」という安堵感は、家に続く一本道を通る度に、今も心を満たしてくれる。
でも、あの美術館での至福感が、この15年間に溜まった形あるものと無いものを全て、手放す時が来ている事をずっとささやきかけてきている。いつの間にかしぼみかけているハイジの心のためにも、からっぽになりなさいと。からっぽになって、人生の午後の流れが何処へ行くのかは大いなるものにおまかせしてと。
すっかり、立派なおばさんになって今、猫たちとオリオンを待ちながら、再び、ゼロになれるよう希う(ねがう)秋です。
※ターシャ・テューダー(Tasha Tudor、1915年8月28日~2008年6月18日)=アメリカの絵本画家・挿絵画家・園芸家(ガーデナー)・人形作家。
(2010年10月号・広報とうま掲載文より・第48回エッセー)
子どもの頃から、ハイジの暮らしに強く魅かれていて、それを満たしてくれたのは父の生家の田舎の夏の日々だった。ひと夏、そこで暮らせたときの幸福感は、その後、20年以上の時を待って今、この手の中に在る。望んでいたひと昔前の暮らしをより明確にしてくれたのは、雑誌に載っていた、※ターシャ・テューダーの暮らしだった。その手仕事の世界と大きな暖炉で燃える薪は私の中に居るハイジを大喜びさせ、龍の棲む町の東の地に運んでくれた。
15年の月日が流れ、この地に来た時に感じた、「やっと帰って来られた」という安堵感は、家に続く一本道を通る度に、今も心を満たしてくれる。
でも、あの美術館での至福感が、この15年間に溜まった形あるものと無いものを全て、手放す時が来ている事をずっとささやきかけてきている。いつの間にかしぼみかけているハイジの心のためにも、からっぽになりなさいと。からっぽになって、人生の午後の流れが何処へ行くのかは大いなるものにおまかせしてと。
すっかり、立派なおばさんになって今、猫たちとオリオンを待ちながら、再び、ゼロになれるよう希う(ねがう)秋です。
※ターシャ・テューダー(Tasha Tudor、1915年8月28日~2008年6月18日)=アメリカの絵本画家・挿絵画家・園芸家(ガーデナー)・人形作家。
(2010年10月号・広報とうま掲載文より・第48回エッセー)