東京に古里がよみがえる日(平成28年11月号掲載)

百花繚乱、咲き乱れる花に春の喜びを感じていたと思っていたら、季節は一足飛びに秋を迎えてしまった。
年齢を重ねるごとに、過ぎ去る1年の速さを感じとるのもこの時季である。
特に今年は、秋を飛び越し一気に冬を感じさせる今日この頃である。
先日、秋の恒例行事である「東京当麻会の集い」が、東京都恵比寿で開催された。
秋晴れの10月16日、古里を懐かしみ故郷を応援する会員50名が集い、いつもどおりのにぎやかなひとときであった。
冒頭、UHBテレビで全道放映していただいた町のニュースをスクリーンに映し出し、その後私と成田町議会議長から、町が取り組んでいる「食育・木育・花育」を中心に、町づくりの様子を話させていだたいた。
当然、町が進めている庁舎改築の話題でも盛り上がり、“古里”がそのまま東京に移行した会場の雰囲気である。
81才の会員を筆頭に、参加者全員が当麻町を心配し、頑張れとの期待一色の2時間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。
2次会は、これも恒例の私の同期生である当麻中学校15期生の集いである。
私同様、いまだ現役で汗を流している者、週数日の勤務で自分らしく生活を謳歌している者、完全に仕事から離れ孫を中心に家族との生活に明け暮れている者、生活スタイルは千差万別であるが、参加された16名の仲間は紛れもなく当麻中学校3年生そのままである。
名前を「さん」付けで呼ぶものは誰もいない。
さしずめ私は“健”・“健チャン”の中学3年生がそこに居た。
2つの集いの様子は、9年前にもこの欄で書かせていただいたが、時の移ろいに驚くばかりである。
当時財政状況は極めて厳しく、平成大合併の推進でどの町村も頭を痛めていた時代であった。
「当麻町は合併しないで頑張ってほしい。当麻町の名前を消さないでくれ。合併は古里が無くなることに等しい」、会員の方々から、悲鳴にも近い声をいただいたことを思い
出す。
参加者の顔触れは大きく変わっているが、会場の雰囲気は変わることなく、東京当麻会の集いは25回目を数えている。
田中JA組合長の乾杯で始まった宴会も、名残が尽きない中、お互いの健康と活躍を願いながら幕を閉
じた。
食育・木育・花育に古里の気持ちを込め、当麻にお戻りいただいた時には心からお迎えしたいと自らに言い聞かせ、会場を後にした。

(平成28年11月号・広報とうま掲載コーナー・第149回随筆)