「心」の糧をもたらす広場に(平成27年4月号掲載)

 「人生は出会いの宝さがし」私が尊敬してやまない、ある教師の言葉である。
この世に生を受けて68年、歩んできた折々に運命的な出会い、自ら求めていた出会い、沢山の宝を探し続けた旅があった。また、出会いの数だけつらい別れの場面も経験してきた。
 今年も、町内の小中学校を始め多くの卒業式に参列させていただいたが、出会いと別れの集大成は卒業式だと思う。どの卒業式も、先生と生徒の信頼関係厚く、礼儀正しく、別れの悲しさと旅立ちを祝う場面の連続であった。生徒一人一人の姿を拝見し、日本の良き伝統を重んじ、先輩から後輩にしっかり受け継がれていることに心が和む。中学校では、在校生代表が「学校の伝統は挨拶と合唱です。僕たちはこの伝統をしっかり受け継いでいきます。」伝統は挨拶と言い切る言葉に私は自らを戒める。社会情勢極めて混とんとしているが生徒の姿にホッとする反面、新たな責任感が募る。
 倉本聰さんは、“ヒトに問う”という著書の中で、「文明社会は進歩を求める。求めるというよりそれを追及する。しかし自然には進歩というものがない。そこにあるのは『循環』のみである。その両者間に矛盾は出ないのか。」と我々に問われている。
 町が進めている田んぼの学校・くるみなの庭・くるみなの散歩道は、倉本聰さんが問われている自然の営みの現場である。食や花と木の恵みを受けて生活する自らを見つめ直し、自然に生かされているありがたさを、一つ一つ確認する場所でもある。加えて新年度には、国の「地域再生戦略交付金」を活用して、木と触れ合い、木や森との関わり合いを考えることで豊かな心を育てる「木育」の推進拠点施設を計画している。
利便性や、華やかさばかりを追い求めのではなく、心が潤い優しい気持ちが漂うまちづくりを進めてまいりたい。
 人は自然の一部である。太陽や土や水などの自然の恵みを受け、育った命をいただいて生きている。それは食べものにとどまらず、木も花もまた同じである。
 人の心に優しさや愛情、いたわり、思いやり、潤いという「心」の糧をもたらす広場に、まちの未来を託してまいりたい。


(平成27年4月号・広報とうま掲載コーナー・第132回随筆)