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おめでとう、辻井伸行さん。テキサスの『今日の風、なに色』でした(平成21年7月号掲載)

 心が和み、日本中を幸せにしたその日の朝であった。辻井伸行さん、アメリカ・テキサスで開催されたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール優勝。悲惨な出来事や、暗いニュースが続く昨今であるが、そんな物々を吹き飛ばす映像の力である。
 ピアノが奏でる美しい音色はクラシックが遠かった自分でさえ瞬時に引き込まれてしまった。辻井伸行さんという、全盲のピアニストの存在すら知らなかった自分の無知が恥ずかしい。同じ場面のTV放映を、いく度見ても飽きることは無い。同じ内容の新聞報道をいく度読んでも読んだ数だけ感動が高まってしまう。
 「音楽家としての評価に全盲かどうかは関係ない。これからは一人のピアニストとして聴いてほしい」 「目は見えなくとも、心の目は見えていますので満足しています」自信を込め、きっぱり言い切る言葉は実にすがすがしい。
 晴れの表彰式、伸行さんの快挙を称える会場の皆様の仕草も実に温かい。生まれながらの全盲の伸行さんと、共に歩んでこられたご両親の心中を思う時、胸が熱くなることを禁じ得ない。
 『今日の風、なに色?』これは母親の辻井いつ子さんが書かれた本の題名である。
 伸行さんと歩まれた、誕生から12歳までの日々を綴ったエッセイであるが、「今日の風、なに色?」と伸行さんがいつ子さんに尋ねた言葉だそうである。何と感受性の強い、美しい精神をもって響く言葉であろうか。
 眼が見えない伸行さんに、「りんごの赤」「バナナの黄色」と教えていた。大好きな食べ物に色というものがあるなら、同じく大好きな風に色があっても不思議ではない、と語られている。
 全盲の子を授かり、本当にこの子は生まれてきてよかったと思う日が来るのだろうか、と思い悩んだ日々を、当時の日記を基に書かれている。母親の気持ちとして充分理解できる……と、ありきたりの言葉で表すには、あまりにも失礼な気持ちにさせられる。
 「一日だけ眼が見えるとしたら何が見たいですか」との問いに、真っ先に返ってきた答えは「両親の顔」だったそうである。
 五体満足に甘えてはいないだろうか……自らに問い直す言葉であった。

(平成21年7月号・広報とうま掲載コーナー・第75回随筆)