「歸國」(きこく)(平成22年8月号掲載)

 「親父はシベリア出兵の経験から戦争がどんなものか身をもってわかっていた。職場の若者が応召して入隊するとき、決して見送りに行かず万歳三唱もしなかった。わたしのときにも見送りには来ず、玄関先でとにかく死ぬな、生きて帰ってこい、とだけ言いました」。俳優の三國連太郎さんは、『昭和二十年夏、僕は兵士だった』という本の中で語られている。
 65年目の終戦記念日がまもなく巡ってくる。
 私は、終戦の翌年に生を受けているので、当然戦争の経験はない。それでも、戦争の悲惨さ、むごさを子供心に刻み込まれて育った世代である。
 戦後処理と、その後の復興が私の青春でもあった。
 倉本聰作・演出の『歸國(きこく)』が8月27日まで全国で上演されている。太平洋戦争で戦死した兵士が亡霊となって、65年経った日本を訪れ、祖国の変貌ぶりを目の当たりにし、英霊たちはどう捉えるか、という物語である。
 世界有数の経済大国となり、お金さえあれば全ての私欲が満たされ、我が世の春を謳歌する同世代の若者たちの姿。当時の心そのままに、帰国してきた英霊たちはどんなショックをうけるだろうか。  倉本聰さんはこの作品を英霊の気持ちになって書いたという。
 劇中の言葉に心を打たれる。「日本は確かに豊かになったけど、日本人はどんどん貧しくなっている気がする」「人は二度死ぬ、という言葉があるそうだ。一度目は肉体的に死んだとき。そして二度目は完全に忘れ去られたとき」
 あの時代、国と家族の未来を信じ、散っていった若者たち。あの戦争で死んだ兵士210万人。そのうち今なお遺骨が収拾されずにいる115万柱、南の海だけでも30万以上の魂が、せめて ”思い出してほしい” と願っているのではないだろうか  と訴えている。
 『谷は眠っていた』に続いての観劇であったが、どちらも強烈に倉本メッセージが心を打つ。エンディングの長渕剛の歌もいい。腹の底から絞り出す歌声は、倉本聰さんの叫びに聞こえてならない。65年の反省と、日本の生き方を考えさせられた2時間の舞台だった。
 平和に感謝し、一滴の涙を残し富良野演劇工場を後にした。

(平成22年8月号・広報とうま掲載コーナー・第86回随筆)