「求められるリーダーの役割」(平成23年8月号掲載)

 2008年9月に起きたリーマンショックで、経済的な基盤の弱さを知り、高齢者の孤独死年間3万人との報道で、「無縁社会」という言葉とともに、地縁や職縁や血縁の「つながり」の遠のきを知らされた。
 加えて今回の東日本大震災・福島原発事故と、日本は三つの大波に襲われてしまった。私たちは、長年安全で豊かな消費(浪費)社会になじんできた。大震災で日本人の幸福感も変わった。反省の時間を与えられ、不透明で不安の時代を生き抜く覚悟も求められている。
 防災くと唱えながら、災害は対岸の火事ととらえた心の緩みはなかっただろうか。今、全国の市町村は、改めて防災計画の見直しを求められていると言っても過言ではない。
 先日、(株)はとバス元社長の宮端清次さんのお話を聞く機会をいただいた。一つ一つの言葉が胸に刺さる。『町民の役にたつ所が(役所)である。 町民の役にたつ人が(役人)である。』
 ところが、役所、役人に対する言葉の表現は極めて厳しい。「小役人」「役人面」「役人風情」「お役所仕事」……思いあたる節はないだろうか。
 また、不透明・不安の時代を生き抜くリーダーの役割をこう示された。

 ●仕事ができるか
 ●人間的魅力があるか
 ●激務に耐えうる体力があるか(心身ともに)

 加えて、情熱と正義感をそなえているか、と話されていた。
 テレビに映し出される被災地の首長の顔つきが、このことを物語っている。住民の生命と財産を預かっている責任感と、それを守り抜こうとする断固たる決意が、そこににじみ出ている。
 自らの家族や自宅を失ったにもかかわらず、住民の命と生活を守るため、不眠不休で活動されている。大きな壁に直面した時こそ、市町村長が前を向き、住民と共に「がんばろう、上を向いて歩こう」と、夢と希望を与えることがいかに大切かを痛感させられる。
 津波にさらわれ行方不明になった母親を心配しながら、別の被災地で捜索活動する自衛官が、記者に語られた言葉を忘れることができない。「あと少しがんばれば、もう少し下まで掘れば見つかるんじゃないか、そう思うと手が止まらない」と。肉親を案じるつらさが心の底に響く。

(平成23年8月号・広報とうま掲載コーナー・第96回随筆)