「平成」から「令和」へバトンは渡された(令和元年5月号掲載)

思い出多い「平成」に別れを告げ、新元号「令和」の時代を迎えた。
TVで新元号の発表を、国民は固唾を呑んで見守っていたが、「令和」を予測された方は稀だったと思う。
しかし、時間の経過とともに「令和」は多くの人々の心に溶け込んでいった。
出典が万葉集であったことから、いにしえの時代に心を馳せ、新しい時代に向けてワクワク感が高まっていった。
「人々が美しい心を寄せ合う中で文化が育つ」という意味も、現代の社会環境を鑑み国民の気持ちを捉えたことと思う。
その後の意識調査で、国民の好感度が約8割であったことも理解できる。
「平成」という多難な時代を振り返ったTV番組が放映されていた。
バブルの崩壊、阪神淡路大震災、オウム真理教事件、東日本大震災など苦しく悲しい思い出が頭の中で呼び戻される。
しかし、国民の意識調査では73%の皆さまが「平成」は良い時代だったと評価されている。
予想以上の高評価であるが、最大の要因は戦争を体験しなかったことに尽きると思う。
大正では第一次世界大戦が起き、昭和ではまた戦争に終始してしまった。平成の命名時には、平和への願いを込められていると伝えられていた。
ご退任に当り天皇陛下は平成を、「近現代において初めて戦争を体験せぬ時代を持ちました。」と振り返られた。
このお言葉に全てのお気持ちが込められている。
戦後生まれの私にとっては、戦争という悲しい現場での経験は当然ない。
しかし、時代の折々に悲惨な戦争という言葉が必ず折り込まれ、常に我々に反省を促してきた。
戦後、類を見ない経済復興、医療福祉の充実、技術革新など、どれを取っても世界に誇る日本の姿であるが、必ずついてくる言葉は「戦争の犠牲の上にたって」である。
平成であれ令和であれ、国民が戦争のない平和な時代を一番に願うのは当然である。
心が失われつつあるといわれて久しいが、こういう時代であるからこそ「人々が美しい心を寄せ合う中で文化が育つ」令和に期待を寄せてまいりたい。
我が町が進めている食育・木育・花育は、命を尊ぶ心の教育である。
令和に込められた思いを胸に、心を寄せ合う町づくりが一歩一歩進められている。
5月10日は、当麻町127年目の開町記念日である。
令和のスタートラインに着き、先人のご苦労を偲ぶ感謝の日である。

(令和元年5月号・広報とうま掲載コーナー・第173回随筆)