『東京卒業』(平成29年11月号掲載)

 農家の皆さまは秋の収穫作業を終え、町全体が冬を迎える準備に慌ただしさが募る昨今である。
 加えて、さまざまな出来事があった一年を一足早く顧みるのもこの時期である。
 大きな災害も無く、比較的穏やかに過ぎ去ろうとしている一年に感謝申し上げたい。
 町づくりの中で、特に大きなインパクトを与えていただいたのは、4件のお店の開業である。
 恵庭市から1件、旭川市から3件、当麻町にお越しいただいた。
 それぞれ特徴を持ったお店であり、オープンから盛業であることは誠に喜ばしい限りである。
 開業前、オーナーの方がごあいさつに来られたので、私は無礼を承知で「当麻町で開業されて売上確保は心配ありませんか」と、尋ねてみた。
 「町長、意識を変えなくてはいけませんよ。人の流れだけで商売できるのであれば、買い物公園でシャッターを降ろす店は無いはずです。お客さまに足を運んでいただけるお店を当麻町につくります」間髪入れず力強い言葉が返ってきた。
 自分の認知不足に気付き、背中には一筋の冷や汗が流れていた。
 旭川をはじめ東京から当麻町に住まいを移していただける方が増えているのもありがたく思う。
 書棚の片隅から『東京卒業』という1冊の古い本を取り出し、再び目を通してみた。
 「『いいところに住んでいるね』、私が住所を言うと、まず人にこう言われます。東京都港区。生まれた時から二十年、ここに住んでいます。確かに良い所です。交通の便はいいし、広い公園も近くにあるし、緑も多い。近所の人もいい人ばかりです。でも、日々刻々と変わりゆく街の風景。昔は長屋続きの趣きのある商店街だったのに、今はビルが立ち並び、広々として静寂で、夜には暗闇をつくり出していた近所のビール工場も、今では騒々しい、夜も眠れない街にかわってしまいました。
 私は静かにゆっくり流れる時が好きです。広々とした、稲穂がゆれるような風景が好きです。こんな街に住むのは、私にはむいていないんだ、こう思えた瞬間、私は東京を卒業しました。
 そして二年後、私は東京ではなく他の地の、それも首都圏以外の地で教員試験を受けようかと思っています。大学卒業と共に、正に文字通り東京卒業するかもしれません。」
 全国から寄せられた熱きい思いのメッセージが、この本に寄せられていた。
 当麻町は、静かにゆっくりと流れる時が好きな人を迎える準備を、町づくりの中で進めている。

(平成29年11月号・広報とうま掲載コーナー・第159回随筆)